1500年前に思いを馳せて…(H31.3.1更新)

  今回の担当は・・・フェリスです。

  

  まだ2月だというのに、ぽかぽか陽気の日曜日、なぎさホールには

 講演を楽しみに来られた方々が、席を確保して今か今かと開始を待っています。 

 2月24日(日)相生市立歴史民俗資料館特別展記念講演会

 「あいおいの古墳出土須恵器」を聴きに行かせていただきました。

 会場には100名弱のお客様。

 皆さん一様に期待で胸をふくらませておられるご様子でした。

 この講演会は当初、9月に行われる予定でしたが、台風の影響で延期になっていたのです。

 講師の亀田先生のご予定が、今後1年間のうち、この日しか空いておらず、

 なんとか来ていただくことができたということでした。

 須恵器の「すえ」というのは、朝鮮語で「鉄」の意味で、

 須恵器は「鉄のように固いやきもの」という意味だそうです。

 5世紀の初めに朝鮮半島からの渡来人によって伝えられた新しい技術。

 古墳から出土した須恵器や窯跡から、かつて渡来人がそこにいたということが

 わかるということは、その技術が当時の日本の技術とは比べものにならないほど

 高かったということでしょう。

 また、出土品の形や文様から、その渡来人が朝鮮半島のどのあたりから来たのかが

 わかるというのです!なんというロマンexclamation

 

  さて、先生のお話はたくさんの出土品や窯跡の写真とともに、

 大阪のお話からだんだん播磨へと近づいてきます。

 加古川の行者塚古墳、カンス塚古墳、姫路の宮山古墳、壇場山古墳、

 揖保川の尾崎遺跡、竹万遺跡、相生の塚森古墳、宿禰塚古墳、那波野古墳、

 那波野丸山窯跡群などからの出土品、窯跡のお話に、

 「ほんまにこのへんにも朝鮮から来た人がおったんやなー。」

 と一気に身近に感じることができました。

 そして、播磨の古墳や遺跡をつなげると古代の道が見えてくるというお話に、

 またしてもロマンexclamation×2 考古学者の方々の地道な研究に驚かされるばかりでした。

 相生市の古墳出土品は相生市立歴史民俗資料館に展示しております。

 職員がおりますので、詳しく知ることができます。

 この機会にぜひお立ち寄りくださいね。