夏石 番矢(なついし ばんや)
 昭和30年、相生市に生まれ、本名は乾昌幸。東京大学教養学部を経て、同大学院比較文学博士課程を修了。

 俳人、評論家として活躍するとともに、明治大学法学部で教授として日・米・仏の詩を中心とする比較文学などを教えています。

 1984年に椎の木賞、1991年に現代俳句協会賞を受賞。日本比較文学会、現代俳句協会、日本文芸家協会等の会員。現在は、埼玉県富士見市に在住しています。

高島 俊男(たかしま としお)
 昭和12年、相生市生まれ。東京大学大学院修了。中国文学専攻。大学教員を経て、文筆業に専念。現在は、大津市に在住。主な著書に「李白と杜甫(講談社学術文庫)」「水滸伝の世界(大修館書店)」「水滸伝と日本人(大修館書店)」「中国の大盗賊(講談社現代新書)」「独断!中国関係名著案内(東方書店)」「三国志人物縦横談(大修館書店)」「本が好き、悪口言うのはもっと好き(大和書房)」「キライなことば勢揃い お言葉ですが・・・5(文芸春秋)」など多数の著書があります。

 これまでに、「水滸伝と日本人」が第5回大衆文学研究賞を、「本が好き、悪口言うのはもっと好き」が第11回講談社エッセイ賞を、「漱石の夏やすみー房総紀行『木屑録』(朔北社)」が平成12年度読売文学賞を受賞しています。

佐多 稲子(さた いねこ)
 明治37年長崎市生まれ、本名は佐田イネ。長崎三菱造船に勤めていた父は大正4年退社し上京します。これにより一家は困窮生活を余儀なくされ、稲子さんは小学校を5年で中退します。以来、メリヤス工場や座敷女中、丸善書店洋品部の店員など、苦闘の生活を続ける中、昭和3年に処女作「キャラメル工場から」を発表し女流作家としてスタートをきります。

 相生を舞台にした「素足の娘」は、大正7年、稲子さんが14歳の時に相生の造船所で働く父に呼ばれ約3年間相生で過ごした体験をもとにした小説で、昭和15年新潮社から発刊され、当時ベストセラーとなりました。昭和32年、日活からこの小説を原作とした映画「素足の娘」が製作されており、南田洋子、長門裕之などが出演しています。

 また、昭和60年刊行された講談社のエッセイ集「月の宴」の中には、相生市立図書館前に建立された文学碑のことについて、『…私の作品を記念してくれる碑が建って、その除幕式に連なるという晴れがましいことであった。この町を舞台にした作品が私にあるのを拾い出して、相生のライオンズクラブが建ててくれる碑である…』と、書かれています。

 佐多稲子さんは、平成10年10月12日、94歳で亡くなりました。

 図書館には、「素足の娘」、「佐多稲子全集」をはじめ、多数の佐多作品を所蔵しています。

 また、図書館の一般開架室には、佐多稲子さんが生前使用していた「かんざし」と「財布」、趣味で収集した「こけし」や昭和63年1月7日付、読売新聞夕刊に掲載されたエッセイ「新と旧(3)」の直筆原稿などを展示しています。

水守 亀之助(みずもり かめのすけ)

 明治19年、現在の相生市若狭野町下土井に生まれました。明治34年鶴亀高等小学校を卒業し、医師になるため上阪。その後医学校を中退し、明治39年に文学を志し、上京します。明治40年に田山花袋を訪れ、自然主義の洗礼を受けます。

 大正3年徳田秋声の紹介で中央公論社に入社しますが、一日でやめてしまいます。その後大正8年に新潮社に入社し、雑誌「新潮」の記者となります。この年から本格的に文学活動が始まり、同年9月に雑誌「早稲田文学」に『小さな菜畑』を発表、11月には「文章世界」に発表した『帰れる父』が好評を博し、岡田三郎氏に「光輝ある収穫の一つ」と評されました。そして、この年の活動で芥川龍之介により、宇野浩二、加藤武雄らとともに新早稲田派の一人として数えられ、文壇での地位を確立しました。

 翌年には、新潮社から新進作家叢書の一冊として「帰れる父」が出版され、ついで「闇を歩く」(新潮社・大正12年)、「傷ける心」(大阪毎日新聞社・大正12年)、「我が墓標」(大阪屋号書店・大正15年)と出版され、盛時の作家活動には目を見はるものがありました。

 また、彼は出版活動にも携わり、雑誌第二次「随筆」(大正15年創刊)、「野火」(昭和12年創刊)を経営しました。彼の作家活動は太平洋戦争前でほぼ終了し、晩年は不遇の生活をおくり、昭和33年12月、72歳で亡くなりました。

 水守亀之助については、水守亀之助研究家で元相生市中学校教諭の桑本幸信さんの著書「水守亀之助伝」に詳しく書かれています。

 水守亀之助の名は一般には余り知られていませんが、主に大正期の日本文学界で活躍し、「帰れる父」を出版した当時には「文章世界」で『いぶし銀の味わい』と絶賛され、才能ある作家の一人でした。


竹本 健治(たけもと けんじ)

 昭和29年9月、相生市生まれ。昭和48年東洋大学哲学科に入学。昭和53年同大学を中退し、雑誌「幻影城」に10カ月連載された1,200枚にわたる長編小説「匣の中の失楽」が単行本化され作家としてデビューしました。そして、この年推理作家協会賞候補作となりました。

 囲碁やカードゲームが趣味で、囲碁についてはアマチュアの有段者。このためか、作品も「囲碁殺人事件」「将棋殺人事件」「トランプ殺人事件」などゲームに関した作品が多くあります。また、絵が上手く、作家になる前は漫画家志望だったそうです。

 栗本薫、赤川次郎に継ぐ大型推理作家として今後が期待されています。

尾崎 美紀(おざき みき)

 兵庫県姫路市生まれ。相生市在住。

 詩人・童話作家。『まさかのさかな』で、ニッサン絵本と童話のグランプリ・大賞を受賞しました。

 詩集『いとしのスナフキン』『パリパリと』『らいおん日和』、童話『さよなら ごめんおばけ』『ちょっと源さんお借りします』、絵本『あたしのいもうとちゃん』『あ・し・あ・と』『まるくておっきくてまっくろで』など多数あります。

 日本児童文学者協会会員。日本ペンクラブ会員。日本文藝家協会会員。